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酒税の歴史

皆さんこんばんは!

今日で一年の4分の1が経過します。早いものですね。

明日からは4月ですから、新しい環境で新年度を迎える…、そんな方々が多いと思います。

札幌は、先週の金曜日に雪が降り一時はどうなるかと思いましたが、今はその面影すらありません。

今日は心地よい天気です。春っぽい感じがします。一ヶ月後には桜が咲いているんですね。花見!花見!

という訳で、今日は「私を含む、お酒が大好きな皆様にとって気になる酒税の歴史」について述べて行きます。

お酒が日本で造られたときは、もちろん酒税はありませんでした。しかし、お酒の醸造が広く行われるにつれ、お上はこれに目をつけます。

平安時代前期には既に酒屋に対して、「お酒の現物上納」「税金」あるいは「労役」を課している。

文献で明らかに現れるのは、応安4年(1371年)足利義満による課税である。軍事費を捻出するためと言われるが、全国の酒屋の大して壺別に200文ずつ徴収している。

下って、江戸時代になると、様々な酒税の形が考えられ始めた。元禄10年(1697年)には5代将軍綱吉=柳沢吉保ラインが、酒屋にお酒の販売価格の5割を課税するという「酒屋運上」制をとったし、10代将軍家治は、造石高や各戸別で「冥加金」なるものを課徴している。

酒税の大変革が生じ始めたのは明治時代に入ってから。当初は、酒税免許税、販売営業税、造石税、醸造税(売上高による)などをいろいろ組み合わせ併用していたが、明治29年、酒税は造った酒の量、つまり造石税1本になり、酒の種類によって税率に差が付けられるようになった。

明治政府が酒税をあれこれ変えたのは、要するに税収を増やすためであった。明治時代初期では租税の1割程度くらいだが、明治30年頃は、なんと33%が酒税によるものである。明治42年以降、昭和9年までは、だいたい酒税が国の租税のトップを占めていたのです。

明治30年というと、ちょうど日清戦争と日露戦争の間である。これらの戦争費用は、いわば酒が生んだといっても過言ではありません。

最近では国税収入の4%程度です。これは、所得税、法人税、消費税、揮発油税に次いで5番目に多い税収となっています。(2005年度)

たまにはこんなお話もいかがでしょうか?

省略し過ぎですが、簡単にまとめてみました。

それでは皆さん、また明日お会いしましょう。

パチパチパチパチ!

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